ケンタッキーのカーネルおじさんの話
ケンタッキーフライドチキンの創業者はカーネルサンダースといいます。
彼が成功を収めた理由はただひとつ、あきらめなかったということである。
彼はケンタッキーフライドチキンで大成功をするのであるが、
けっして順調な人生を送ってきたわけではなかったのです。
実は40歳のときにレストランを始めて繁昌する。
ところが高速道路の建設の影響で車の流れが変わってしまい、
それから客足が遠のいて売り上げがどんどん減ってしまうのです。
そしてとうとう弊店することになった。
収入が無く、始めてもらった社会福祉のお金は105ドルしかなかった。
とても生活していける金額ではない。
普通なら絶望してしまうような状況だった。
そのときに何か自分が持っているもので売れるものはないか?
必死で考えたのです。
たったひとつ自信のあるものが浮かびました。
それは自分のレストランでも大好評だったメニューで
フライドチキンだったのです。
そこで自分が自慢のレシピを他のレストランへ売ってはどうかと考えた。
しかしレシピを売っても大した金額になるものではない。
では、どうすればもっとお金になるだろうかと考えた。
そうだ、自分でチキンを実演販売してお客に食べてもらおう。
それで売り上げが増えれば、そこから何パーセントかをもらおう。
そのようなアイデアを思いついたのである。
さっそく食材と調理器具を積み込んで出かけたのである。
それは長い旅になった。
最初のレストランに行って実演販売を申し込んだ。
まったく相手にされなかった。
2軒目のレストランも同じだった。
次の3軒目、4軒目、5軒目も同じだった。
試作品を食べてもらうことは出来ても、
実演販売をさせてもらえる店がなかったのです。
しかし彼はあきらめなかった。
実演調理をして食べてもらえればきっと成功する。
そう信じてくる日もくる日もレストランを回り続けた。
普通の人ならあきらめてしまうところだった。
そういうことがづっと続きました。実に2年間も断り続けられたのです。
その数なんと1009軒になっていました。
そしてついに彼の話を聞いてくれるレストランがあったのです。
記念すべき1010軒目のレストランでした。
彼は実際にレストランでフライドチキンの調理をして、
お客様に試してくれるように勧めたのです。
食べたお客は全員美味しいと言ってくれました。
それを聞いたレストランのオーナーは契約をしてくれたのです。
こうやって契約をしてもらえるレストランが徐々に増えていきました。
彼がその事業を始めたのは65歳のときだったのを忘れないで欲しい。
年齢のせいで何かをあきらめるのは間違いだと気が付くでしょう。
大成功を収めた彼は、宣伝のために3回も来日しています。
そして90歳で亡くなるのです。
自分が経営するレストランが倒産して、
年金で生活することができない。
仕事も無い、収入のメドが立たない。
たよる人も誰もいない。
そんな状況で彼は自分でアイデアを考え出して
実行に移すのです。
しかし、それも甘くは無い。
2年間も苦労の連続であった。
車で寝泊りして、ほとんど満足な食事も出来ない。
売り込みは冷たく追い返される。相手にしてもらえない。
それでもけっしてくじけることなく。
自分が信じたことを最後まで貫き通すのであった。
ついには不可能に思えるような大成功を収めるのです。
今は厳しい環境にあったとしても
希望は忘れたらいけない。
そして工夫、アイデアを考えることです。
あきらめないで努力していけば
素晴らしい将来が来ることは間違いない。